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應援團戦記

大学応援団の日々を綴るブログ…あなたの大切な思い出は何ですか?

丈夫は再び  - 国士舘大学 -

他大学応援団

 

 昔の光、今いずこ 

時は1970年代前後。無数の大学応援団が、解散や廃部の憂き目に遭いました。理由はさまざま。人数が集まらない窮状や、学生運動に対する極端な行動、果ては死傷者も厭わなかった活動の結果もある。日大や拓大のそれは、あまりに有名です。さらには  亜細亜、東洋、駒澤、立正、芝浦工業、獨協、帝京…。東都の名が多いのは、胸の痛むところです。

 

しかし廃部ならずとも、どの応援団も少なからず問題を起こしてきた。我が校のOBからも、武勇伝半分にいろいろ聞かされること数知れず。

中には数十年前に新聞紙面を飾り、その記事を誇らし気に見せて頂いたこともあります。現在なら退学どころじゃ済まない …そんな内容でした。応援団全盛期を謳われた頃の卒業生たちにありがちな、“ 現役は物足りない ” という決まり文句。それは誇張ではないのかもしれません。

かつては廃部となり、新組織として活動している応援団も少なくありません。そして語弊を恐れずに言えば、先輩のツケは良くも悪くも後輩に回ってきます…

 

 

 再興を背負って

東都大学野球2部リーグ。そこに毎週現れる蛇腹の学ラン達がいました。彼らは正式な応援団ではなかった。にもかかわらず、誰よりも必死にエールを送り続けている。彼らは 国士舘大学スポーツ応援会。音に聞こえし 国士舘大学応援団 の正統な後継者でした。当時の国士舘もまた、落魄の名門。再建途上の真っ只中でした。

 

僕らは東都2部リーグの苦労を知る仲。お互い言葉を交わすようになるまで、時間はかかりませんでした。古くからの連盟や東都の仲間はもちろん、彼らもまた 僕にとってかけがえのない存在に。

 

『 正式な応援団と認可されるまで あと5年 はかかるから…後輩たちに活動実績を残してやりたい 』

それが彼らの口癖。当時、“ スポーツ応援会 ” は大学当局から正式に扱われず、サークル扱い。立場も予算も微妙な状況なのだと教えてくれました。団の現状に挫けず、自分たちの卒業後を案じる姿。気丈に振る舞う彼らの背中には、哀しく重い使命がのしかかっていました。

 

  

 好漢現る 

国士舘の副団長だった同期は、ちょっとした名物男。リーゼントの様にかっちりと決めたオールバック、彫りの深い顔立ちに銀縁眼鏡。そして一度飲みに行くと駄洒落ばかり。試合前後の顔合わせでも、独自の調子につい笑わされてしまう。

そんな彼だったけれど、リーダーを振れば鬼の形相。でも後輩たちに対して、決して声を荒げる事はしなかった。かつて世田谷の暴れん坊と恐れられた大学のイメージとは、少し違う。一試合一試合を大切にしろ…教え諭すかの如き語り口で、下級生たちに接していたのが印象的でした。指導方法には慎重を期しながらも、応援団本来の志を後輩に伝えたい …彼らが目指すのは原点回帰だった。

 

 …大学4年の11月、僕は彼らの学園祭に招待して頂きました。他大のリーダー公開をのぞきに行くのは、幹部としての務め。しかし、ただで終らないのが彼の真骨頂。僕のために学園祭のライブチケットを取っておいてくれたとニヤニヤ。

もったいぶって取り出したチケットには、西田ひかるコンサート と書かれている。芸能人にはあまり興味がなかったけど、これには驚きました。それは僕が臍の緒を切ってから、初めて観るコンサート。それを武闘派の “ 士舘 ” で興じるなんて…。

 

通された席は最前列だった。もちろん持ち歌の1曲も知らない。ステージに現れた麗しき乙女に僕らは直立、両手を挙げて 『 ちわーーーっ! 』と 熱烈アピール。満員の会場がどん引きする中、天使のような笑顔を独占したのは至福の瞬間でした。

 

 

先の事が何も約束されていない中で、応援活動に身を投じた国士舘の同期たち。4年後、国士舘大学応援団は復活。彼らが蛇腹の制服を着て “ 応援団 ” を名乗ることは、最後まで叶わなかった。けれどその思いは今なお、硬派の学府に。

 

♪…皇国に殉す大丈夫の ここ武蔵野の國士舘

美文にふさわしき、使命に殉じた男たちだった。

 

 

Dear Friends 

僕は1年だった時分に、辞めていく同級生を引き留められなかった。その事に対して ずっと後ろめたさがあった。“ 理由をつけて団を離れようとする奴らに、まともな団員が務まるはずがない ” …そう信じようとしていた。正論ばかりさがしていた僕は、自分の事しか見えていなかったんだと思う。同期と肩を並べる他大の仲間たちを見ながら、僕の気持ちは、はっきりとした後悔に変わった。だから彼らの気遣いや優しさが、本当に堪えた。

専修 農大 国士舘 中央 …4校でよく新宿や経堂へ飲みに行った。馬鹿げた話でも真剣に語り、笑い合える仲間達だった。手垢にまみれた表現で恐縮だが、彼らを思うときは今も胸に明かりが灯る。

同期よ、ありがとう。

 

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* ともだっチ!♡ 手帳に残された懐かしのプリ〇ラ。こんなものを載せていいのかどうか… 左から 専修 団長、国士舘 副団長、中央 団長( 筆者 )。