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應援團戦記

大学応援団の日々を綴るブログ…あなたの大切な思い出は何ですか?

我ら四銃士

団の日常

 

 弱小1名

入学式から10日程した頃、新入団員は4名に増えていた。その中で僕は唯一の志願入団だった。全員の出身地も異なるし、高校時代の部活もばらばら。僕は今も昔も人見知りな性格だが、次第に彼らと打ち解けるようになっていた。

僕を除く3名はいずれも運動部出身。バスケ部、柔道部、応援団。特にエンダンの彼は、仙台の名門校応援団だったというから大したものだ。

 

…中学の頃僕は卓球部に入っていた。楽そうじゃん♪  というのが理由だった。ところが県大会上位の強豪チームだったからたまらない。練習や上下関係が非常に厳しく、懲りた経験がある。だから高校時代は運動を離れ、新聞部 に入った。ガリ勉くんの香りかぐわしき部に入り、勉強ばかりしてきたのだ。僕よりも数倍たくましく見える仲間たちに対し、圧倒的な気後れをしたことは言う間でもない。帰宅部同然だった自分が、めちゃくちゃ恥ずかしかった。

 

さらに僕は身体も小さく、大学入学時には 164cm / 46kg 。僕ら4名をたとえるなら、名家の三銃士 & 庶民出身のダルタニヤン。往年のドラクエで言うなら、「 勇者・戦士・武闘家・踊り子 みたいな4人組だった。当然僕はゲーム序盤では役立たずの 踊り子 である(年齢相応にたとえが古くてごめんなさい)

ある時 同じゼミの女の子たちに、こんなことを言われた。

「 一緒にいた先輩が怖そうだったわぁ 」

彼女たちの見た “ 先輩 ” とは、僕と一緒にいた元柔道部の同期のことだった。僕はどこまでも モヤシ下級生に映じたに違いない。

 

 

 ただ鍛へるべし 

自分で言うのもアレだが、もともと僕は運動神経が悪くない方だったし、体力もそこそこ自信があった。しかし受験勉強で基礎体力が落ち過ぎていた。単に練習が厳しかったのもあるが、絶え間ない筋肉痛や疲労感が如実に現れた。

試合や雑用の後、すべり込むように教室へ辿り着くと 空いているのは最前列の席だけ。出欠確認に間に合うと日頃の緊張から解き放たれ、講義中には居眠りしてしまうことも多かったと思う。それを好奇の目で見る学生たち。やるせなさを理解してくれるのは同期たちしかいなかった。

 

僕は育英会の奨学生だったので、学業を放り出す訳にもいかない。練習で同期の連中の足を引っ張るのも悔しかった。この頃から僕はランニングを始めた。体力がなけりゃ 鍛えればいい。ほぼ毎日、約1時間 10km超。よほど疲れていない限りは、悪天候でも 深夜でも走り続けた。走ることは基礎体力もつくが、意外に上半身や腕がかなり鍛えられることにも気付いた。

チョコバットみたいにひょろひょろだった身体が進化していくのは、ちょっとした楽しみだった。あれから年月は経つが、現在も僕はランニングが大好きだ。チョコバットも大好きだ。

 

少しずつ少しずつ、同期たちとの体力差はなくなっていった。そして彼らと苦楽を共にしてゆけるのだと思うと、嬉しくて仕方なかった。全学部生3万名と言われる中で出会えた貴重な仲間。本当に大切にしなきゃなと。

結局1年を経ずして僕だけになってしまうのだが。

 

…余談だが 団の基本である発声を繰り返した結果、僕は慢性的なかすれ声になった。ガラガラ声は秋頃まで続いた。

当時、手空きの夜は高校生の従姉妹に古文と英語を教えていた。だけど『 何を言ってるのか聞き取れない 』 と言われる状態。先生失格だ。伝わらないってもどかしいことがよく分かった。でも振り返れば、声をからす程に打込むことなんか初めての経験だったかもしれない。

 

そして一つだけ言える。喉をつぶした分だけ応援中の声量は確実に大きくなるのだ。