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應援團戦記

大学応援団の日々を綴るブログ…あなたの大切な思い出は何ですか?

夏空は遠く  - 夏合宿 1 -

戦いの記録

 

 初日の憂鬱 

8月も残り数日となった早朝、僕らは夏季強化合宿へ出発しました。行先は新潟県のとある小村です。行程は9泊10日大学応援団としては短い日数かもしれませんが、今日から24時間応援団漬けの生活が幕を開けます。

ちなみに僕らの宿舎は、鎌倉時代から続くというお寺の一角( いわゆる僧坊 )でした。

毎日のスケジュールは以下の通り。

 

5:30 起床  6:00~7:00 朝練習  9:00~12:00 午前練習

14:00~18:00 午後練習  20:00~時間未定 夜練習  24:00 日誌報告の後に就寝

※ 就寝時間は全くあてにならない。実際は深夜2時頃が常でした。空き時間の全ては幹部や監督のお世話、洗濯・配膳等の雑用に充てられます。

 

合宿先に到着後、最初の課業は “ 決意披露文 ” を書くことです。

『 不肖 私2年リーダー部  氏 名   は、栄えある△△大學應援團 伝統の特殊拍手 体得の名誉に浴し……、また此度初めて迎える後輩諸氏の模範たらんと欲し…云々

 

とまあ、こんな感じです。エンダン出身者はえてして古語的な文言が大好物。僕もその一人だったりします。書く内容も大事ですが、いかに自分を鼓舞するか。ちょっとした男の見せ場です。

なれど初日は憂鬱な気持ちでいっぱいなのが、僕らの偽らざる感情。『 今日から長いぞ… 』と。しごかれに来たので覚悟は決まっているはずなのですが。

果たして僕らは重い足取りで練習場へ向かいました。

 

使われなくなった小学校のグラウンドが、僕らに与えられた練習場でした。陽射しを遮るものもなく、ただただ広い。田舎特有の空の高さが、東京から遠く離れたことを教えてくれます。整列時の静粛には蝉の鳴き声だけが響き、錆びついたブランコが僕らを見つめています。お寺に泊まり、廃校のグラウンドで練習する…なんてシュールな経験だろう。

誰もが浮かない気持ちになる合宿序盤ですが、例外が存在します。それは張り切って木刀を握る幹部たち。特に元気溌剌なのはリーダー部長。彼は早く僕らをいじり倒したくてたまらない。

 

準備運動や筋トレを終えて、僕らはリーダー隊形( 応援フォーメーション )に展開しました。さぁ来いっ!…と力みますが、なかなか始まらない。何度も何度も散開と集合のやり直しを命じられるからです。声が小さい、走るのが遅い、号令の掛け方がなっていない…それはダメ出しのデパート。これは春・夏の合宿初日のお約束でした。

『 おいおい、合宿が整列練習で終わっちまうぞ 』 とはリーダー部長の弁。笑顔ですがその目は全然笑っていない。香ばしい兆候です。さんざん走り回って息が上がる頃、練習は本格化します。

 

 

鉄の腕、石の心

合宿中の練習は “ 校歌 ” と呼ばれる練習から。とは言っても、これは歌う校歌じゃない。『 おー、いち、にぃー!』の掛け声を全員で発しながら、校歌斉唱時の腕振りを延々と行うトレーニングです。しかし単なる腕振りで終わらないのが、応援団らしいところ。僕らは鉄アレイを持たされての腕振り。限定5個の鉄アレイ。数が行き渡らずホッとしている1年生どもは、まだまだ甘い。幹部連中が自ら選び抜いた 練習場の片隅に落ちていた石  ブロック塀の破片 をもらえるからです。持ち所が非常に悪く、握り続ける難易度は鉄アレイ以上。

短い時で1時間、長ければ午前か午後いっぱいにわたって鉄アレイを振り続けました。時間の経過とともに “ 腕振り ” ではなく、腕を上下するだけになってしまうのですが…鉄アレイを外された時の解放感といったらありませんでした。再び整列して後ろ手に組む僕らの腕は、小刻みな震えが止まらない。

 

これと同じ様な練習の一つに、合宿名物の “ 基礎 ” という練習方法がありました。まず両腕を頭上に掲げる。リーダーの基本姿勢を保持し、掌を開けたり閉じたりしながら、『 おーーりゃ おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ…!』  と叫び続ける。大の男たちが夏の青空の下、数時間のおりゃおりゃ…。いま振り返っても異様な光景でした。誠にアホな話ですが、1年次に初めてやらされた時、僕はジョジョスタープラチナみたいだと思いました

この珍妙な練習、本当に辛い。同じ姿勢を保ったまま大声を上げ続けるだけなのですが…。幹部が代わる代わる僕らの前に仁王立ちし、叱咤して回ります。少しでも腕が下がったり、背すじが曲がろうものなら、容赦なく木刀や竹刀で突かれる。その昔は下がろうとする腕の下にライターを構えるOBもいたとか。

苦しむ僕らをよそに談笑する幹部たち。どうせ次の僕らの調理方法を話し合っているに違いない。幹部連中は地獄の鬼そのものに映りました。悔しさが僕らの声を大きくする。

 

もちろんここでも、例の鉄アレイや石が大活躍。負荷を倍増してくれます。合宿中、『 基礎もってこい!!』の開始号令が飛ぶ度に、やれやれだぜ と思ったのは僕だけじゃないはずです。

…現在僕は建築設計に携わっていますが、躯体構造部分の 基 礎 の2文字を見ると、今も心の琴線に触れるものがあります。しかし連日数時間の鉄アレイから解放されると、腕のキレは圧倒的に素早く、鋭くなる。きっと先人の知恵が生み出した合宿メニューなのでしょう。団室に残された昔の合宿日誌やアルバムを見た時、昭和30年代から全く同じ練習が行われていたことを知り、驚いたことがあります。

 

 

 早く寝れるといいのにな 

午後練、夕食、夜練を終えると、最後の課業 “ 日誌 ” が待っています。合宿の間は下級生が2名1組で毎日の当番を編成し、雑用の中心を担います。就寝前に当番たちは その日行った練習内容、明日への闘志、己の課題等々を日誌に書き連ね、幹部に奉読しなければなりません。文面から 誤字・脱字はもちろん、意志の表れ具合などを判断され、OKが出されれば下級生は就寝を許されるのです。

『 内容が心を打たない 』的な理由で書き直しを命じられることもありました。ちなみに応援団では、合宿や遠征先での国語辞典は必須アイテム。

 

各世代の幹部には必ず1名は口やかましい先輩がおり、日誌のダメ出しを発する面々も決まっていました。そして僕の下級生時代、日誌が1発でOKされた夜は一度たりともなかった。

要領の悪い当番ペアの日は、3年以下全員の睡眠時間が奪われます。幹部の了承をなかなか得られず 当番に恨み節をたれながら、夜明けを迎えたこともありました。繰り返し日誌を聞かされる幹部も、決して楽じゃなかったでしょう。

今はそれも笑い話。連帯責任とは言え、あの頃はよく身体が耐えてくれたと思います。

 

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