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應援團戦記

大学応援団の日々を綴るブログ…あなたの大切な思い出は何ですか?

今ぞ団結の刻  - 夏合宿 2 -

  

朝もはよから

合宿期間中の朝は早い。

当番は、早朝5:00前に『 △△大學應援團 』と縦書きに刺繍された3m大の幟 のぼり を軒先に掲げ、支度を始めます。通常の朝練であれば、ランニングや発声で始まります。ところが今回の夏合宿はお寺。例年にはない日課が設けられました。朝練時間とは別に、座禅をしようというのです。幹部4人も集まれば、いろんな悪知恵が働くものです。

 

かくて僕らは、住職のご厚意で朝のお勤めに同伴。読経ライブをBGMに、静かに半眼( 目を半分開ける状態 )で自己と向き合う朝が続きました。予想はしていましたが、疲労や寝不足からウトウトする者が続出。

意外にも3年生たちが真っ先に睡魔の餌食になったようです。僕ら下級生よりも先に、見事な前傾姿勢を描きます。翌日からは、『 俺たちの身体が傾き出したら、幹部連中にばれないように引っ張れ 』 と密命まで受けていました。

だらしなくも映った先輩たち。しかし僕たち下級生は、後々彼らの男気と優しさを目の当たりにすることになります。人間とは分からないものです。

 

朝のお勤めと軽めの練習を終えると、朝食、洗濯、幹部の散歩の付き添い、練習機材の準備…。それから今日も練習が始まります。

合宿初日はあんなに重かった気持ちも、腹が座ればそれほど苦ではなくなりつつありました。

 

 

 闘魂の拍手 

さて、僕の今次合宿の課題は 闘魂の拍手 の習得。ここで特殊拍手について少しだけ触れてみます。

これは “ 応援 ” というよりも、空手の演舞に近いかもしれません。我が団では4種類があり、僕が練習中だった闘魂の拍手は、その中では初歩とされるものでした。

いずれの拍手も導入部分から始まり、1拍子、2拍子、3拍子で構成されます。リーダーは6~10分に渡って複雑困難な姿勢を次々に繰り出します。そして最後に大学名のコールで締められます。

僕は1年の時に初めて特殊拍手を見た時、自分たちを含め各大学が何故こんな奇妙な応援を行っているのか、あまり理解できませんでした。少なくとも僕らの団では、箱根駅伝やリーダー公開でしか披露しないようなものだったから。『 本当にこれは “ 応援 ” なのか 』と。

 

すでに前練習で形だけはサマになっていたので、合宿中はひたすら全体を巻き込んで行います。その練習は熾烈を極めました。サブの1年生たちは初めての合宿だった上に、さらなる厳しさを感じたと思います。彼らが何度も拍手のタイミングを間違えたり、幹部が僕のリーダーを気に入らなければ、その場にいる全員が拳立てを命じられる…。

やり直し回数 × 10回 ( 例:5回目のやり直し命令なら、拳立て 50回 。そして初めからやり直し。鼓手の先輩も例外なく同じ罰を受けます。彼の太鼓は重く正確無比。一打たりともミスは無いのに。

 

尚も僕らの心を痛めたのは、親衛隊の先輩でした。僕らが拳立てを終えるまで団旗を地面と水平状態にし、旗礼状態のまま重力と戦います。団旗を守る親衛隊は、声を出してはならないのが鉄則。ですがこの時ばかりは、幹部に怒鳴られる事も構わず、一緒に拳立てのカウントをしていました。親衛隊長はそれを見ても咎めません。

 

その回数が3桁に達した時には、僕ら下級生全員は例外なく涙目でした。

もちろん辛いからだけじゃない。絶望的に厳しい状況に身体がついていかない情けなさ、ミスることへの不安、仲間への罪悪感、理不尽な幹部連中への怒りにも似た感情。それでも乗越えて見せるというガッツ。いろんな気持ちが溢れます。

学年に関係なく誰もが本気でした。

 

 

団結を背に受けて 

僕らがいる新潟の村は、灼熱のフェーン現象真っ盛り。日中の暑さは東京の比じゃありません。連日午後はぶっ通しでメインリーダーに立ちながら、猛暑と渇きの中で何度も意識が落ちそうになりました。身体の限界ならとうに過ぎていました。この合宿に来る以前、全力を賭して倒れるなら、それも悪くないと思っていました。でも今は違う。絶対に倒れては駄目だ。自分たち全員が揃ってこそ、この特殊拍手は完成するのだと。

一生懸命になるだけじゃ足りない … 追い詰められた状況の中で、僕はようやく理解し始めていた気がします。

 

サブリーダーたちの拍手、太鼓の音、そして見る者の視線…。そのすべてを絶妙の間合いと緊張感で集約する。一人一人が極限の集中力と気合いを発揮しなければ、特殊拍手の完成度は高まらない。全員が同じ釜の飯を喰らい、同じ責任と使命を分かち合い、完成に向かって団結する。苦難の道そのものといえる習得の過程こそ、特殊拍手の存在意義だと個人的には思っています。

 

思うような上達を見せない僕ら下級生。わずかな休憩時間中、僕は水入りヤカンをぶら下げて3年生のもとへ向かいました。懲罰続きの申し訳無き旨を一言伝えたくて。

僕が言い出すよりも先に、

『 みんなが通る道だから気にすんな 』

と肩を叩かれました。あの鼓手隊と親衛隊の先輩でした。きっと表情で分かったのでしょう。合宿中の上級生とは思えない穏やかな顔でした。

 

幹部たちが要求する過酷さ・理不尽さと引き換えに、下級生は団結を手にします。しかし生きていれば誰だって嫌われたくなんかない、一緒に笑っていたい。仏頂面の幹部はいつも嫌われ役です。でも、馴れ合わず成長を見届ける方も また苦しいはず。

根っからのサディストでもない限り 本当に苦しいのは僕らではなく、彼ら幹部なのかもしれません。下級生時代の合宿中は、そう思う余裕もなかったけど。

こうして合宿の1日は暮れてゆきます。