應援團戦記

大学応援団の日々を綴るブログ…あなたの大切な思い出は何ですか?

百花繚乱す  - 全日本学生応援団連盟祭 -

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* 1996.11.23 大学2年時の連盟祭にて披露せる『 闘魂の拍手 』。写真の色が非常に悪い。カメラマンのおじさん、団旗の前に立たないでね。

 

応援団の競演 

大学応援団には幾つかの連盟組織が存在します。

僕らが所属するのは、全日本学生応援団連盟。加盟数は全国最大規模を誇ります。我が校は創立発起校。前身の東都大学応援団連盟の頃より、積極的に連盟活動を展開してきました。

11月末には加盟校が一堂に会し、全日本学生応援団連盟 本部記念祭 が行われます。俗に “ 連盟祭 ” と呼ばれ、一般の方々に向けたリーダー公開が披露される。

僕が1~3年だった頃は、新宿アルタ前にステージを設営し、新宿駅東口を応援団一色に染め上げていました。

 

応援団事情に明るい方々なら、東京六大学の “ 六旗の下に ” を想像される方も多いかもしれません。

しかし僕らは約20校が出演する。タイムスケジュールは過密を極め、各校15分の持ち時間しかない。当時は六大学の様にチアやブラスは参加しなかった。言葉は良くないが地味で武骨。

非常にむさくるしいイベントだったけど、これが僕らの連盟らしさであり魅力でもあった。

数少ない主役になれるステージ。緊張と共に、どこか楽しみな行事でもありました。

 

 

 

 大根 vs 牛乳 

新宿駅前で行われた連盟際の舞台裏は、結構大変。当日は新宿駅から比較的近い加盟校( 僕らの頃は 工学院大学学習院大学が数部屋を準備し、そこに荷物と人員を置きます。ステージへの行き来は全て徒歩。

荷物番などを除く非番の者は、会場周辺で連盟発行のチラシ配りや、交通整理を行います。でもステージ上の応援団たちが気になって、作業に身が入らない。試合での対戦機会が全くない大学や、滅多にお目にかかれない遠方の応援団もいるから。

 

数ある中で一番の盛り上がりを見せるのは、東京農業大学。観衆の方々から見れば、どの大学が出演中なのか判別は難しい。ですが 大根踊り青山ほとり知名度は、それを苦にしない。

異彩を放っていたのは 酪農学園大学。少人数ですが、見事な司会口上と 乳しぼり の奇抜なリーダー( 大声とともに モミモミする動きで練り歩く)は、同期の間でも語り草でした。

普段からよく知った仲間でも、応援中の様子は間近で見たことがない。だから同期らの雄姿は非常に刺激的でした。中には『 穏やかなあいつが… 』と驚かされることもありました。

 

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 * 1997.11.29 3年で迎えた連盟祭。季節外れの雷鳴と夕立に見舞われ、全身ずぶぬれで演じた『 白門の拍手 』。

中央大学駿河台校舎の偉容と、質実剛健の意気を秘めた最終奥義である。

 

 

 鍛錬の清華を 

僕は2年、3年時と連続して特殊拍手を任される栄誉に浴しました。団長としても校歌に立ったので、都合3年連続でリーダーを振らせて頂く事が出来ました。

連盟全校を結集しての一大壮挙。自分の名前や出身高校がアナウンスされ、その数分間を末輩の我が身に与えられし感激…

自己満足かもしれませんが、そんな瞬間に酔いしれた団員は多いはずです。

 

大学2年の連盟祭。観客の最前列に陣取る両親を発見した時は、吹き出しそうになってしまった。かつて入団に強く反対した父は、今や応援団大好きオヤジになっていた。

愛用のカメラからは、15分のステージに対し無数の写真 … 蓋し親馬鹿です。

いつだったか親戚の前で、連盟祭の様子を誇らしく語っていた父。出来の悪い僕にとって、連盟祭は親孝行の場にもなっていたのかもしれない。

  

さて…連盟祭ステージは昼前から始まり、18時頃まで続きます。

入場料を払う催しでもないから、通行人や買い物客たちは思い思いに足を止め、応援団を肌で感じてくれる。僕らを少しでも身近に感じ、こんな青春もあるのだと知ってくれたら…

派手な連盟祭だったけれど、その意図は決して欲張ったものではなかった。

 

 

友よ、再び会おう 

全校が出演を終えると、お約束の懇親会。連盟本部校たちは、いつも粋な計らいを用意していました。学年ごとに懇親会場を仕切り、上下の気兼ねなく交流を図れるようにしてくれるのです。

 

応援団員は大学内で疎外感を覚えることがある。学ランは僕らの生活を厳しく規定する。自分で選んだ道とは言え、一般学生の嬌笑の中で沸いてくる寂しさもあった。

志を同じくした連盟の仲間がいた。それは間違いなく幸せなことだったと思う。

来年はもっと技を磨いて再び会おう、連盟祭はそんな晩秋を告げる1日だった。

 

 

■ 以下は父が撮影した他大の写真です。2校だけありました( 当時の方々には懐かしいかも )。 f:id:ina_1992:20161207194548p:plain

* 箱根駅伝の雄、山梨学院大学応援団。観衆の男たちがいかつい…

 

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* 東京農業大学全学応援団 彼らのステージをTVクルーが放っておくはずが無かった。